この記事でわかること
- 長岡の「ながおか こども米百俵支援センター(Dreamin)」ボランティア活動の見学体験記
- 現場で感じた「体温」ある支援の空気と安心した表情のスタッフ・利用者の様子
- 幼い子を持つ親として「一人で抱えなくていい」という地域支援の大切さへの実感
- AIやDXの知見と心理学の学びをリアルな支援の場に活かしたいという問いの発生
「米百俵」という言葉が持つ重さ
長岡には「米百俵」という言葉が根づいています。
明治維新直後、苦しい生活の中でも支援として届けられた百俵のお米を食べてしまわず、学校設立の資金に充てたという故事です。「今日食べてしまえば終わりだが、人材を育てれば百年先の糧になる」という先人の思想。その精神が今も長岡の地に生き続けています。
「ながおか こども米百俵支援センター(一般社団法人Dreamin)」という名称を初めて見たとき、私はこの文脈をすぐに思い浮かべました。子どもたちへの支援を通じて、地域の未来を育む——その志が団体名そのものに込められているように感じました。
「米百俵」の故事そのものを知りたい方には、山本有三による戯曲「米百俵」がおすすめです。
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米百俵
今回の見学は、知人を通じて機会をいただいたものです。普段の休日とは少し違う、「遠出する価値がある」と感じて、わくわくしながら向かいました。
現場に漂っていた「体温」
現場に足を踏み入れた瞬間、言葉にしにくい何かを感じました。
あえて言葉にするなら「体温」です。
支援にあたるスタッフの方々の表情が、とにかく穏やかで、いきいきとしていました。ボランティアの現場というと、ときに「頑張らなければならない」という緊張感や、使命感ゆえの張り詰めた空気を感じることがありますが、ここはそうではありませんでした。
スタッフの方々が自分の居場所でのびのびと動いているように見えました。受け取る子どもたちや保護者の方々も、安心した表情をしていました。空間全体が「地域という名の大きな家族」のように、温かく、自然に回っていました。
人が人を支えるとき、最も大切なのは「技術」ではなく「在り方」なのかもしれない。この感覚は、私がこれまで心理学を学ぶ中で繰り返し出会ってきたテーマと重なりました。
親として感じた心強さ
私には幼い子どもがいます。
子育てをしていると、自分ひとりで、あるいは家族だけで全てを抱えようとする場面があります。社会全体がそういうプレッシャーを親に向けている空気を感じることも、正直あります。
でも、こうした場所が地域にあるということは、「一人で抱えなくていい」というメッセージそのものだと思いました。
食のサポートだけでなく、そこに集まる人たちの間に生まれる「つながり」が、支援の本質なのではないかと感じました。子どもにとっても、保護者にとっても、「ここに来れば誰かがいる」という安心感は、何物にも代えがたい財産です。
幼い子を持つ親として、こういう場所が地域に存在してくれることの心強さを、頭ではなく肌で感じた時間でした。
デジタルとリアルの間に立つ自分
普段の私は、AIやDX推進といったデジタルの領域に身を置いています。
業務効率化、自動化、データ活用——そういった言葉が飛び交う世界で日々仕事をしています。デジタル技術が人の生活をどう変えるか、組織がどうテクノロジーと向き合うか、それが私の日常的な問いです。
一方で、ライフワークとして心理学を学んできました。産業カウンセラーの養成講座を修了し、人の心や「つながり」について、理論と実践の両面から考えてきました。
この二つの世界——デジタルと、人の心——は、一見すると対極にあるように思えます。
でも今日の現場を歩きながら、私の頭の中でこんな問いが湧き上がってきました。
「これまで培ってきた知見を、もっとこういう血の通ったリアルな場所に活かせないだろうか。」
それは知的な思考というより、もっと直感的な、衝動に近いものでした。
「問い」が生まれた日
具体的に何ができるか、まだ明確な答えはありません。
AIや業務改善の知見が、支援団体の運営効率化に役立てられるかもしれない。心理学の学びが、スタッフや利用者の方々へのサポートに何か貢献できるかもしれない。あるいはまったく違う形で関わることになるかもしれない。
「何か役立ちたい」という気持ちが、「でも何ができるかわからない」という壁に当たる瞬間は誰にでもあると思います。私もこれまで何度もそう感じてきました。ただ、今日は少し違いました。
「答えがない」ことを焦りとして感じるより、「問いを持てた」ことを一歩として受け取れたのです。
心理学の学びの中で繰り返し出てくる言葉があります。「変化は、安全な関係の中から生まれる」。
今日の現場にはその安全さがあった。そしてその空気に触れることで、私の中に新しい問いが生まれた。それ自体が、一つの変化の始まりだと感じています。
投稿者の所感
見学を終えて帰路につきながら、しばらく何も考えられませんでした。
それだけ多くのものを受け取った時間だったのだと思います。「何かしなければ」という焦りではなく、「何かしたい」という静かな意欲が、じわじわと湧いてくる感覚がありました。
ボランティアや地域支援の世界には、これまであまり縁がありませんでした。でも、今日の見学で、その距離がぐっと縮まりました。入口が見えた気がしました。
デジタルで生きる自分と、人の心に向き合いたい自分が、こういう場所で交わる可能性がある。そう思えただけで、この休日は十分すぎるほど意味がありました。
素晴らしい気づきと温かい時間をくださった、ながおか こども米百俵支援センターの運営の皆さまに、心から感謝申し上げます。本日は本当にありがとうございました。